和気優の農書き日記

毎日
アグリ ハングリー

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和気優の「毎日 アグリ ハングリー」

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    ネパール

    2015-06-24 09:51:05

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    10年ぶりのネパール。
    そして10年ぶりに会ったネパールの旧友ボビン。

    巨大地震による影響がどれ程なのか、行って確かめてくるしかない。
    震災を経験している日本だから出来る事があるはず。
    そう思って行ったネパールは、みんな笑顔だった。

    崩れた自分の家のガレキを方付けている人に「何か困っている事はないか?」と聞くと
    「ん〜特にないね」と言って笑う。
    それどころか「飯食っていけ」と、仮設のテントの方へ手招きされる。

    それでも粗捜しではないが、状況を把握する為に朝から晩まで動き回った。

    カトマンズのダルバール広場、パタン、タメル、ボーダナート、ソゥエンブナート、パシュパティナート、バクタプール、ブンガマティ、リリ、サクー、グルカ…
    学校を2ヶ所、避難キャンプを4ヶ所、レッサンピリリ〜と歌い回った。
    何より子どもたちの笑顔が最高だったな。
    義援金を3ヶ所に分けて手渡した。
    継続的にサポートする宛も取り付けた。
    ミッションとしては、まずまずやり遂げた感はある。
    しかし今回のネパールツアーも「やられた!」のだ。

    15年前に初めて古代都市「パタン」を訪れた時もそうだった。あの時はパタンゲートを潜った瞬間に衝撃的なデジャヴを経験をした。
    「何世代か前、俺はココに住んでいたに違いない」そう感じたら涙が溢れてきた。
    そんなネパールで今回、和気が観たのは理想のユートピアだった。

    ボビンフレンズのプロディプさんが、小学校ライヴを企画してくれたのでバイクに跨がりギターを背負っての和気優スタイルでリリ村まで走った。
    村に到着、徒歩で学校がある丘へと続く一本道を歩いていくと綺麗な小川が流れていた。
    なぜか今までより、鳥の声の感度が違う気がする。
    子どもたちが笑いながら道を案内してくれる。
    その姿はまさに天使の誘いのようだ。
    森のゲートを抜けると不意に視界が広がり、眩しい光が降り注ぐ。
    そこで目にしたシーンが忘れられない。
    棚田の山腹に学校があり、校庭の水田ではキラビやかな衣装を身に纏った女性たちが楽しそうに田植えをしている。
    自然の地形を利用して作られたステージからはネパール民謡が流れて、子どもたちが手を振っていた。
    あー、ここはまさにユートピアだ。
    求めている理想の全てが、ひとつのフレームに収まっている。
    こりゃ完璧なアミューズメントだ!
    ディズニーランドどこの話じゃないぜベイベー!!
    敵わねー!!!!

    ステージに集まった生徒が数百人。
    俺とボビンがステージに上がるともはやスクールフェス状態である。
    夢のような時間だった。
    俺は何をしにきたのだろう!?

    ステージの後、田んぼに飛び込んで田植えを手伝いながら聞いてみた。
    「家は?」
    「壊れたよ」
    「困っている事は?」
    「ん〜、ないね」
    「何か手伝える事は?」
    「すでにあなたが田植えを手伝ってくれているじゃない」
    「この米は売るの?」
    「売らないよ、自分たちで食べるんだよ」

    そーかー、もともと自力で生きてるんだな〜
    最初から失うものは無いんだ〜
    そりゃ強え〜や!
    加えて美しさがある!

    ニッポンにマネ出来るかな?
    戦前にはあったろうな、その強さと美しさ。

    ネパールの民はみんな言う。

    政府は何もしてくれないよ、アテにしてないし。
    ネパールは政府より国民の方が強いんだよ。

    そりゃスゲーや。
    おそらく1000年先も変わらないだろう。

    俺はこんな世界をデザインしてみたい!
    ニッポンでも出来ない事ないだろ。
    見えてきた〜!

    ネパールはGDPとやらでは、きっと日本の百分の一くらいだろう。
    しかし、精神のレベルでは比較にならない程高い所にあるようだ。
    ニッポン人の手の届かない遥か上に。

    今回、こんな話がある。
    震災孤児を探して、政府機関含めアチコチ聞き回った。
    震災で親を失った子どもは、そりゃ沢山いる。
    その子どもたちはどこに居るのか?
    聞いても「判らないな」と言うのだ。
    なんで?
    そうした子どもたちは、親戚に引き取られ、決して放ったらかしにはしない、と言うのだ。
    だから、特別な施設は必要ない、と言うのだ。
    逆に「なんで必要なの?」と言う顔をされる。
    日本なら、行政が叩かれる場面だ。
    叩いて一件落着で済ますだろうな、目の前にそんな子どもが居たとしても引き取りはしないだろう。
    つまり、ネパールでは親戚だろうが近所の子だろうが何だろうが、困っている子どもを引き取るのは当たり前、と言う事らしい。

    とは言え、無いワケではない。
    グルカで見つけた。
    そして行ってきた。

    たった一人で、周辺の農家から細々とした支援を受けて運営している孤児院。
    開業してまだ2年らしい。
    今回の震災で建物が壊れたので、施設の庭にテントを張って暮らしていた。

    やはりネパールと言えども、今後ジワジワと震災のボディブローは効いてくるに違いない。
    テント暮らしも長く続けば滅入るだろう。
    継続的なサポートは必要だ。
    特に同じ経験をしている日本だから出来る事、有りそうだ。

    見守っていこう。
    ネパールの笑顔が消えないように。
    ユートピアが、ありのまま続くように。

    ダンネバ、ネパール。


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